横浜家庭裁判所 昭和47年(少)4405号 決定 1972年10月09日
少年 A(昭○・○・○生)
主文
この事件について審判を開始しない。
理由
一 事件送致の事由
昭和四七年九月一三日○○市立児童相談所長から、少年は、脳障害による器質的欠陥および生育環境の影響と考えられる抑制力の欠如、衝動的行動が著しく、集団への不適応、暴行、傷害、窃盗、性的非行と多岐にわたる問題行動を繰返し、又、家庭内での父母への反抗も激しく、よつて保護者の正当な監護に服さないばかりでなく、他人の徳性を害する行為をする性癖を有しているものであつて、少年の家庭においても少年に対しては一刻も目を離せない状態にあり、在宅のままに措置しておくことは、少年の性格、環境に照らして今後重大な事故の発生が危惧されるので、家庭裁判所において審判に付したうえで適切な措置を講ずる必要があるとして、少年法第三条第二項および児童福祉法第二七条第一項四号により、本件ぐ犯事件の送致がなされた。
二 当家庭裁判所調査官の調査結果および本件証拠資料により次の事実が認められる。
(1) 少年は、昭和三九年六月(四歳六か月)のころ、数回におよぶけいれん発作を伴う高熱疾患に罹つたが、学齢前までは活発で活動的、社交的な子供として生育し、順調に回復したかのように見受けられた。ところが、小学校に入学したころから怠惰、注意散漫、饒舌、しかると泣きやまないなどの集団への不適応行為が目立つようになり、昭和四三年三月左手首骨折のため入院治療し、六三日間欠席の後復学したが、この頃から適応障害が募り、次第に破壊、乱暴などの攻撃性を有する粗暴行為が激しくなつたため、脳波検査を行なつたところ、脳の器質に異常があることが発見され、カウンセリング、投薬などの治療を続けたが、その性向を改善することが出来ず、昭和四四年六月には住居侵入、傷害事件(生後一か月半の乳幼児に一〇日間の傷を負わせた)を引き起すに及び、大岡警察署から○○市立児童相談所に児童通告の手続がとられた。そこで、同児童相談所は同月一九日教護院入所措置決定をなし、翌二〇日a学園に措置をしたが、そこでも暴行、傷害、放火などの行為が続き、同年一〇月一七日同僚とけんか口論したあげく、庖丁を投げつけて重傷を負わせるという事件を起したため、同月一七日から同年一二月二六日までの間神奈川県△△市のb病院に入院させたうえ治療に努め、同病院退院後は、国立c学院に措置変更をしたが、同学院においても暴行、傷害、破壊などの行為を繰返して、教護の効果をあげることが出来ず、昭和四五年八月二四日少年の異常な攻撃性のため処遇は困難であるとしてやむなく仮退院させ、在宅指導に切り替えたのであるが(同年九月二四日同学院措置停止)、同年一二月中旬ころ、近所の子供を突き飛ばしたり、留守宅に入り飼犬を虐待し、あるいは商店の商品を窃取するなどの行為を重ねたため、昭和四六年一月九日再度の児童通告がなされ、前記児童相談所長は、少年につき教護の効果をあげるには、強制的措置のとりうる教護院に入所させる必要があるとして、当家庭裁判所に対し事件の送致をなした(昭和四六年少第二一九号、虞犯保護事件)。よつて、当家庭裁判所は、同年二月三日観護措置決定をなし、少年を横浜少年鑑別所に収容したが、乱暴、破壊などの行為が続いたため、同鑑別所において、やむなく精神衛生法第二九条による強制措置入院の手続をとり、同月一二日少年をd病院に入院させたものの、依然として激しい攻撃的行為が続き適切な治療的措置を施すことが不可能となつたので、同年四月八日当家庭裁判所は、少年の精神鑑定をするべく、少年をe病院に鑑定留置し、医師B同Cに対し所定事項の鑑定を命じ、その結果を得たうえで同年七月七日少年法第一八条第二項にもとづき、昭和四九年七月六日までを限度として強制的措置をとることができる旨の決定をした。しかしながら少年については、医療的措置が第一であるとの当家庭裁判所の意見もあり、前記児童相談所においても、ひとまず右強制的措置の執行を見合わせ、同月一三日少年をf病院に入院させ、その後昭和四七年六月二五日までの間数ヶ所の病院において入院あるいは通院による治療に努めたこともあつてか、一時小康状態を保つていたかのようであつた。
(2) ところが、少年は、(1)同年九月四日近所のDからいたずらを咎められるや、同人に対してスレート破片を投げつけるなどの暴行を加え、全治約一週間を要する左顔面挫創の傷害を負わせ、(2)同月九日自宅から現金
七、〇〇〇円を持ち出し、(3)同月一〇日近所の酒店からビールなどを窃取し、(4)知人宅において就寝中の少年の布団に入り込む猥褻的行為をするなどの問題行為をまたもや再発するようになり、又、父母への反抗も激しく家庭における少年の保護的措置は全く期待できず、その環境、性格などに照らして将来さらに重大な事故の発生が十分危惧される状況にあるものである。
三 医師B、同Cのもとで行なつた少年の精神鑑定の結果によれば、少年の脳器質には、脳炎に由来すると思われる(少年の幼少時の高熱疾患は、脳炎であつたと推測される)広範かつ顕著な損傷ないし変化が存し、その性格は社会性が極めて低く、自己中心的であるうえ、気分の易変性が強く、刺激的で些細なことでも激昂し、衝動的に他人に暴行したり、器物を破壊するなど強度の適応障害や情動障害を有しかつ、少年は脳炎後遺症に由来するてんかん性精神障害あるいは幼児脳障害・脳器質性障害の疑いがある精神異常者であると認められる。従つて、少年の前記各所為は、脳実質の器質的損傷による精神障害に帰因する滅裂した思考、混濁した判断力、強度の情性欠如、特殊な病的人格により発現されたものであつて、理非善悪の弁別能力又はこれに従つて行動する能力が著しく減退あるいは喪失した状態のもとにおいて繰返されたものと推認され、外形的には少年法第三条第一項第三号イおよびニの各虞犯事由に該当し、同条項にいう性癖があるといえないわけではないが、例えそうであるとしても、もはや少年法所定の保護処分をもつてしては、少年を矯正することは困難であり、少年の健全な育成を期するためにはむしろ精神医学的措置にもとづく治療、教導により保護の指針をたてることが至当である。すなわち、脳の器質的障害を旧に復し、前記異常性格を完治することは不可能であるとしても、かなり長期間にわたる適切な医療的措置と相俟つて広義の心理療法的・教育的措置を施せば、これら脳障害にもとづく異常性を緩和、抑制し、ある程度の社会適応性を開発することはあながち不可能ではないと認められるところ、少年は、すでに昭和四七年一〇月四日精神衛生法第二九条による入院措置によつて、△△市□□区◎◎×××番地g病院に収容され、主治医Eによる治療を受けており、少年の病状が改善されるまでの当分の間措置入院が継続される見込であることが窺われる。
四 よつて、少年の非行的傾向の昂進を抑止するためには、進歩した精神医学的設備を有した病院に収容し、そこにおいて少年の精神的かつ性格的欠陥を治療し、可能な限り社会生活に適応しうる能力を養うことが少年にとつても、又、社会にとつても望ましいことであると思料されるので、当分の間病院における入院加療が継続されるべきであり、調査の結果、この事件について審判に付するのが相当でないと認められるから、少年法第一九条第一項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 星野雅紀)